電気メガネ

電気メガネの頭脳を作る会社と、電気メガネを作る会社が香港で上場するらしい

Amazonのアソシエイトとして、8796.jp管理日誌は適格販売により収入を得ています。
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同時期に業界のいろいろな会社が香港市場でIPOするらしいという話を聞いたので公開情報を読み解く試み。

はじめに

この記事の内容はあくまでもIPO目論見書など公開されている情報からの推測です。特定の製品についての繋がりを断定するものではありません。

今回は珍しく製品レビューではなく株式市場の話題です。「IPO」という言葉、投資に興味がなくても一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。

IPOとは

IPO(Initial Public Offering)は「新規株式公開」のこと。ざっくり言うと「うちの会社の株、市場で売買できるようにしますよ」という手続きです。

企業にとっては大きな資金調達の機会であり、投資家にとっては成長企業に投資するチャンスになります。上場するには厳しい審査を通過する必要があるので、「うちはちゃんとした会社ですよ」というお墨付きでもあります。

なぜ香港なのか

中国企業が上場先として香港証券取引所(HKEX)を選ぶケースが多いのには理由があります。

  • 国際的な資本市場へのアクセス: 香港は中国本土と海外をつなぐ金融のハブ。世界中の投資家から資金を集められる
  • 規制環境: 中国本土の上海・深圳市場に比べて、特にテクノロジー企業にとって上場審査の手続きが柔軟
  • 信用力: 香港市場に上場しているというだけで国際的な信用度が上がる

というわけで、中国のテック企業がIPOする場合はまず香港、というのが定番コースになっています。

で、なぜ電気メガネのブログでIPOの話をしているかというと、電気メガネの頭脳を作っている会社と、電気メガネを作っている会社が、同じ年に同じ香港で上場しようとしているからなのです。

Artosyn(酷芯微電子)について

正式名称は合肥酷芯微電子股份有限公司(Artosyn Microelectronics)。中国・合肥に本社を置くビジュアル処理AI SoCメーカーです。2026年1月にHKEXへIPO目論見書の草案を提出しました。

2011年に復旦大学の同窓3名(姚海平CEO・沈泊CTO・鍾琪COO)が設立。元々は米国法人Artosyn Inc.が唯一の株主でした。2019年以降、半導体国産化の追い風に乗って資金調達を加速し、Cラウンド(2026年1月)時点の企業評価額は33.4億元(約700億円)。第2位株主には中国NANDフラッシュ大手の兆易創新(GigaDevice)が10.36%で名を連ねています。

目論見書というのは「うちの会社はこういう事業をやっていて、こういう技術があって、こういう財務状況ですよ」と投資家に向けて詳細に開示する書類です。草案(Draft)なので情報は不完全かつ変更の可能性があるのですが、逆に言えば普段は秘密にされている技術的な詳細が投資家向けに公開されるわけで、我々電気メガネ愛好家にとっても非常に興味深い資料になっています。

主要事業領域

Artosynの事業は大きく3つの柱があります。

分野主な用途ポイント
ドローン映像処理・無線伝送・熱画像2012年参入、10年以上の実績
スマートIoT掃除ロボット・セキュリティカメラ低消費電力・AI処理
スマートウェアラブルAR/AIグラス低遅延・低消費電力・小型SoC

お気づきでしょうか。3番目。AR/AIグラス向けのSoCを作っている会社なのです。

コア技術

目論見書では3つのコア技術が紹介されています。

1. スマート感知(AI ISP)

自社開発の画像信号処理技術。可視光と赤外線熱画像の両方をサポートし、エンドツーエンドで10ms以下の超低遅延を実現。4K@60fpsのリアルタイム処理が可能。

主にドローンで使用される技術ではありますが、電気メガネ的に重要なのは低遅延です。イメージセンサーの出力からディスプレイのレンダリングまで10ms以下。3DoFや6DoFではこの遅延がVR酔いに直結するので、ここの数字は小さければ小さいほど嬉しい。

2. スマート計算(NPU)

自社開発のニューラルプロセッシングユニット。量産SoCでは第3世代まで進化しており、エネルギー効率は12 TOPS/W。これは「1ワットあたり12兆回の演算が可能」という効率指標であり、チップの演算能力そのものではありません。仮にSiP版の6 TOPSで計算すると、NPUフルパワー時の消費電力はわずか約0.5W。メガネのテンプルに収まるサイズでこの消費電力なら、バッテリー駆動のウェアラブルにも現実的ですね。

余談ですが、どこかの電気メガネに最近追加された「2D映像をリアルタイムで3D変換する機能」を有効にすると、消費電力が実測で約0.3W増加しました。単眼深度推定のニューラルネットワークをリアルタイムで回しているわけですから、NPUの仕事でしょう。0.5Wのうち0.3W……NPUの稼働率6割くらいで3D変換ができるということになりますね[独自研究?]

NPUは電気メガネの文脈でいえば、以前の記事で考察した単眼深度推定によるリアルタイム3D変換に使われるアレです。2D映像から深度マップを生成して立体視にする処理をメガネの中でリアルタイムに行うには、省電力で高性能なNPUが不可欠。

3. スマート伝送(無線ベースバンド)

20km以上の長距離無線映像伝送。これはどちらかというとドローン向けですが、OFDM、LDPC、MIMOといった通信技術のノウハウは映像伝送全般に活きてきます。

特色製品

目論見書にはいくつかの製品が具体的に紹介されています。若干公式サイトと記載が違う場合があったので併記してます。

AR9481

ドローンからIoT、ウェアラブルまでカバーするビジュアル処理AI SoC。

項目目論見書(Draft)公式サイト
CPUクアッドコア + DSP + RISC-V MCUクアッドコア64bit CPU + RISC-V MCU
NPU最大8 TOPS(第3世代)8 TOPS INT8(第4世代
映像処理最大4K@60fps4K@60fps / 6K@30fps / 8K@15fps
ISP可見光・熱画像のデュアルAI ISP第3世代自社ISP
その他動作電圧0.65V〜1.0V、典型3〜4W専用機械視覚処理器搭載

64bit CPUコアはArm Cortex-A53のようです。

ARS45

AR9481をさらに小型化したSiP(System-in-Package)。公式サイトによると「AR9481と同Die」とのこと。

項目目論見書(Draft)公式サイト
構成AR9481 SoC + 4Gb(512MB) DDR同左(同Die)
サイズ10mm × 8mm同左
NPU(AR9481と同等とされる)6 TOPS INT8(第4世代)
映像処理4K@30fps
ISP第3世代自社ISP

10mm × 8mmですよ。人差し指に余裕で乗る長方形パッケージにCPUとNPUとISPとメモリが全部入っている。すごいね。はて、どこかで見たな…

ちなみにAR9481が8 TOPSなのに対し、SiP版のARS45は6 TOPSと公式サイトでは記載されています。同じDieでもSiPパッケージの熱設計の制約でクロックを落としているのかもしれません。目論見書は草案(Draft)なので数字が異なる部分は今後更新される可能性があります。

: 目論見書はIPO草案(Draft)であり、記載情報は不完全かつ変更の可能性があります。公式サイトの情報とは一部差異があります。

ARS31

ARS45より前の世代のIoT向けSiP。

項目目論見書(Draft)公式サイト
構成AP + 2Gb DDRのSiP同左
NPU2 TOPS2 TOPS(第3世代)
ISP熱画像 + 可視光AI ISP第2世代自社ISP
映像処理5M級ビデオ

AR9341(公式サイトのみ)

目論見書には記載がないが、公式サイトに掲載されている車載・安防向けSoC。AR9481より前の世代で、AEC-Q100 Grade1車載グレード認証を取得している。

項目仕様
CPUクアッドコアA53
DSPXM6
NPU4 TOPS INT8
ISP9MP@60fps、H.264/265エンコード
認証AEC-Q100 Grade1
用途ADAS、AVM、DMS/OMS、エッジ計算、知能ロボット

ここで面白いのが命名規則。ARS** = AR9*** SoCにDDRメモリを統合したSiPパッケージ、というパターンが見えてきます。

SiP/SoCベースSoCDDRNPU用途
ARS45AR9481(同Die)4Gb(512MB)6 TOPSスマートウェアラブル
ARS31AR93xx系2Gb(256MB)2 TOPSスマートIoT
AR9481外付け8 TOPSドローン・汎用
AR9341外付け4 TOPS車載・安防

ARグラス向けケーススタディ

目論見書には「某スマートウェアラブル企業」との協業事例が記載されています。社名は伏せられていますが、記述を読むとどこかで見たことがある製品の話にしか見えません。

我々はビジュアル処理AI SoC製品およびソリューションを提供し、リアルタイム画像処理、端末側計算、10ms以下の低遅延データ伝送機能を強化した。これらはARグラスにとって不可欠な機能である。当該ARグラスは没入型シネマ体験の提供を目指し、未来のエンターテインメント方式の革新を目標としている。

……没入型シネマ体験。未来のエンターテインメント方式の革新。どこかで見たことがあるフレーズですねえ。

具体的な性能として以下が挙げられています:

  • 120Hzリフレッシュレート、1080P両眼解像度
  • 3DoF空間計算対応
  • NPU・ISP等コアコンポーネント統合による低消費電力設計
  • 3msの低遅延伝送

120Hz、1080P双眼、3DoF、3ms低遅延。どこかで見たことがある数字ばかりなのは気のせいでしょうか。

次世代:AR95シリーズ

目論見書では次世代チップとしてAR95シリーズにも触れられています。

  • 先進プロセスノードへの転換
  • 近接メモリ計算(Near-Memory Computing)+ インメモリ計算(Computing-in-Memory)による電力効率の大幅向上
  • 2027年リリース・大規模量産予定
  • 対象: スマートウェアラブル(AR/AIグラス、スマートウォッチ)、具身知能、マルチモーダルエッジAI

残念ながら具体的なスペック(TOPS数やプロセスノード)は開示されていません。IPO草案の段階なので競合に塩を送るわけにもいかないということでしょう。

ただし戦略セクションでは「消費電力50%以上削減」「AI性能の大幅向上」を謳っており、現行のAR9481/ARS45からの大きなジャンプが期待されます。

XREALもIPO目論見書を提出していた

さて、ここで話題を変えてXREALの話をしましょう。

XREAL(旧Nreal)は2017年に徐馳(Dr. Xu Chi)が設立したARグラスメーカーで、我々電気メガネ勢にとってはお馴染みの会社です。徐馳氏は浙江大学竺可楨栄誉学院卒、ミネソタ大学で電子工学の博士号を取得。NVIDIAとMagic Leapを経て起業しており、ARの本場で技術を磨いてきた人物です。共同創業者の肖冰(Mr. Xiao Bing)は光学エンジニアリングの専門家で、現在チーフ・オプティカル・サイエンティストを務めています。

そのXREALが2026年4月にHKEXへIPO目論見書(Application Proof)を提出しました。354ページの英文ドラフトで、製品戦略から財務データまで赤裸々に開示されています。法人はケイマン諸島のXREAL Ltd.(旧Nreal Ltd.、2018年6月設立)。

XREAL IPO目論見書: HKEX Application Proof (PDF)

投資家の顔ぶれ

主要投資家には淘宝中国(Taobao China Holding)順為資本(Shunwei)雲鋒基金(Yunfeng)中国インターネット投資基金CICC啓智Gentle Monster(IICOMBINED)立訊精密(Luxshare Precision)無錫新力(Wuxi NewForce)など錚々たる名前が並んでいます。Gentle Monsterが入っているのはファッション×テクノロジーの文脈で面白いですね。

製品ラインナップ

XREALの製品は3つのラインで構成されています。

Air Series(エントリー): Air / Air 2 / Air 2 Pro。72〜79g、プラグアンドプレイ。2022年発売の初代Airが世界でいちばん売れたARグラスに。

One Series(コア): 自社開発X1エッジコプロセッサ搭載。ネイティブ空間ディスプレイ。

モデル発売重量光学FoV輝度MSRP
One2024年12月82gBirdbath(強化版)50°600nit$499
One Pro2025年7月87gX-Prism57°700nit$649
1S2025年12月82gBirdbath(強化版)52°700nit$449

Light-Ultra-Aura Line(フラッグシップ): Light(2019年)→ Ultra(2024年、6DoF)→ Project Aura(2026年予定)。

そして2026年にはROG XREAL R1(ASUS ROGコラボ、ゲーミング向け、240Hz、57° FoV)とProject Helen(Air Series新機種、エントリー向け)も予定されています。

販売実績

ここからが実数です。目論見書には販売台数とASP(平均販売価格)が明記されています。

シリーズ2023年2024年2025年
One Series13,512台 / ASP 2,709元111,355台 / ASP 3,196元
Air Series134,074台 / ASP 2,151元103,991台 / ASP 2,325元17,403台 / ASP 1,656元
Light-Ultra-Aura3,165台 / ASP 4,515元7,368台 / ASP 4,014元4,973台 / ASP 3,665元

2024年12月発売のOne Seriesが2025年に111,355台まで急伸。一方、Air Seriesは2025年にOne Seriesへの世代交代で大幅減。製品ミックスが高ASP側にシフトしていることがわかります。

X1チップ:「leading global design house」との協業

XREALの目論見書には、X1チップについて非常に興味深い記述があります。原文をそのまま引用しましょう。

In collaboration with leading global design house, we introduced X1, a purpose-built edge coprocessor for AR eyewear, in 2024. Compared with general-purpose processors, X1 features a dedicated NPU and AR rendering engine designed specifically for AR eyewear, reducing motion-to-photon latency to under 3 milliseconds even under strict power and thermal constraints. […] our use of SiP technology integrates computing, storage and communication modules in a compact footprint, further improving energy efficiency while maintaining a relatively small device size.

leading global design house。世界をリードする設計会社との協業で、SiP技術を使って、専用NPUとARレンダリングエンジンを搭載した、ARグラスのための専用エッジコプロセッサを開発した、と。

……あれ? さっき別のIPO目論見書で「某スマートウェアラブル企業」にビジュアル処理AI SoCを提供しているという話を読んだ気がするんですが。

次世代:X1SとProject Aura

X1Sは次世代フラッグシップProject Auraのメガネ側に搭載されるチップです。Auraの構成は以下の通り。

項目Project Aura
アーキテクチャスプリットボディ(メガネ + Puck)
メガネ側チップX1S(センサーデータ取得・空間認識・姿勢推定・画像レンダリング)
Puck側チップQualcomm XRプラットフォーム(メイン計算・AI推論・アプリ実行)
光学X-Prism Gen 2
FoV70°
空間トラッキング6DoF
ハンドジェスチャー対応
AIGoogle Gemini マルチモーダルAI + オンデバイスAI推論
OSAndroid XR
M2P遅延3ms

2025年5月のGoogle I/Oで発表され、2026年発売予定。Google Geminiをオンデバイスで動かすためにQualcomm XRプロセッサを外部ユニット(Puck)に載せ、メガネ側はX1Sで空間認識やレンダリングに特化するというスプリットボディ設計です。

2025年6月のAWE USA 2025では、X1SはX1比で25%の処理性能向上、マルチタスクに最適化、開発完了済みと発表されています。

ちなみにLight/Ultraの世代ではM2P遅延が20〜30msでしたが、X1/X1Sの世代では3ms。桁がひとつ違います。

ここでひとつ気になることがあります。Artosynの目論見書に記載されている製品は、現行のAR9481/ARS45と、次世代のAR95シリーズ(2027年)。AR95は近接メモリ計算・インメモリ計算という計算アーキテクチャの根本的変更を伴い、消費電力50%以上削減を謳っています。25%の性能向上という数字は、このような世代交代というより同一アーキテクチャ上での改良に見えます。

一方で、Artosynの目論見書にはARS45とAR95の間に位置する製品が記載されていない。X1がARS45ベースなら、X1Sは何ベースなのか。ARS45の改良版なのか、それとも目論見書に載っていない製品が存在するのか。

半導体メーカーが目論見書にすべての製品ロードマップを開示するとは限りません。特に特定顧客向けのカスタム品や、まだ型番が確定していない派生製品は記載されないこともあるでしょう。答えは上場後の開示資料を待つしかありませんが、目論見書の行間を読む楽しみがここにあります[独自研究?]

ちなみに2027年はNreal(現XREAL)の創業10周年です。AR95シリーズの量産開始も2027年予定。10周年に合わせて次世代アーキテクチャのチップで新製品を……という妄想が捗りますね。

XREALの台所事情

XREALの財務データも確定情報として開示されています。

指標2023年2024年2025年
売上高3.90億元3.94億元5.16億元
粗利率18.8%22.1%35.2%
純損失(IFRS)▲8.82億元▲7.09億元▲4.56億元
調整後純損失(Non-IFRS)▲4.37億元▲3.75億元▲2.50億元
営業費用率137.6%117.5%82.7%

売上は2025年に前年比+30.8%の5.16億元。粗利率は18.8%から35.2%へ大幅改善。One Seriesの高ASPと量産効果が効いています。

IFRS上の純損失が大きく見えますが、これは優先株やワラントの公正価値変動(非現金項目)を含むため。調整後Non-IFRSベースでは2.50億元まで縮小しており、赤字幅は着実に縮小中。営業費用率も137.6%→82.7%と100%を切ってきました。

ARグラスの単体で黒字化するのはまだ先ですが、粗利率の改善ペースを見ると方向性は明確です。2025年の売上構成はARグラス本体が78.1%、アクセサリーが14.1%、サービスその他が7.8%。

ちなみに売上のうち直販が70.8%、ディストリビューター経由が29.2%(2025年)。日本ではAmazonや家電量販店で見かけますが、グローバルでは自社サイトやECプラットフォームの直販が主力です。2025年12月末時点で40カ国・地域に販売ネットワークを展開。

その他のトピック

  • 特許: 2025年12月末時点で481件(中国382件+海外99件の特許、中国121件+海外209件の商標)。半数以上が発明特許
  • 製造: 2021年に無錫(江蘇省)に光学モジュール自社製造拠点を設立。歩留まりは業界平均を大幅に上回る(iResearch調べ)
  • パートナー: Sony(Micro-OLEDカスタマイズ)、Qualcomm(XRプラットフォーム)、Bose(音響ソリューション)、Luxshare Precision・Longcheer(製造)

ふたつのIPO目論見書が示唆するもの

さて、ここまで読んでいただいた方は「なぜこの記事ではArtosynのIPOとXREALのIPOを一緒に取り上げているのか?」と疑問に思われたかもしれません。

ふたつの目論見書を読み比べると、面白い符合がいくつも出てきます。

互いに名前を伏せ合っている

  • Artosynの目論見書: 「某スマートウェアラブル企業」にビジュアル処理AI SoCを提供
  • XREALの目論見書: 「leading global design house」と協業してX1エッジコプロセッサを開発

お互いに相手の名前を出していない。でもそれぞれの記述を突き合わせると……

スペックの一致

Artosyn目論見書の記載XREALの目論見書 / カタログスペック
120HzリフレッシュレートOne Series: 最大120Hz
1080P双眼解像度One Series: FHD
3DoF空間計算One Series: ネイティブ3DoF
3ms低遅延X1: M2P 3ms以下
NPU搭載(6〜8 TOPS)X1: 専用NPU搭載
SiP技術で小型化X1: SiP技術でコンピューティング・ストレージ・通信を統合
12 TOPS/W

パッケージの一致

ArtosynのARS45はAR9481 SoCと4Gb(512MB) DDRを10mm×8mmのSiPに統合した製品です。

XREALの目論見書には「our use of SiP technology integrates computing, storage and communication modules in a compact footprint」と明記されています。某ARグラスの分解画像を見ると、SoCの上にメモリチップが見当たらず、パッケージ内にメモリが統合されているように見えます。分解画像からはeMMC 4GBのチップは確認できますが、DRAMは外付けされていない。SiPの中にあるのでしょうねえ。

次世代チップのタイムライン

  • Artosyn AR95シリーズ: 2027年リリース・量産予定、消費電力50%以上削減
  • XREAL X1S: 2026年のProject Auraに搭載

そしてXREALの目論見書には「iterating on our X-Series edge coprocessors purposely built for AR eyewear, integrating a dedicated NPU and highly integrated packaging solutions」とも。X-Seriesの複数形、dedicated NPU、highly integrated packaging。ふむ。

うーん。なんの関係もないんでしょうけど、面白い偶然ですね[独自研究?]

Artosynの台所事情

せっかくIPO目論見書という普段は見られない資料が公開されているので、財務面にも少し触れておきましょう。中国メディアの分析記事(新浪財経)によると、なかなかスリリングな状況です。

売上は急成長……からの踊り場

期間売上高前年比
2023年約1.05億元
2024年4.49億元+327%
2025年1〜9月3.41億元-0.5%

2024年に爆発的に伸びた後、2025年(9ヶ月ベースなので単純比較不可)は横ばい。ただし粗利率は11.2%→32.2%→44.3%と着実に改善しており、赤字も2024年の2.16億元から2025年1〜9月は228万元まで激減。黒字化目前です。

……だけど資産負債がヤバい

ここからが厳しい。2025年9月末時点で総資産4.14億元に対し、総負債は17.35億元。差し引き▲13.2億元の債務超過

原因は融資に付随する対賭協議(バリュエーション・アジャストメント条項)。上場できなければ投資家への株式買戻し義務が発生する仕組みで、その贖回負債が15.66億元。つまりIPOが成功しないと投資家への返済義務が発生し、手元現金1.02億元では到底足りない。

文字通り「背水の陣」のIPOというわけです。上場して贖回負債を株式に転換できれば一気に解消、できなければ……という状況。半導体スタートアップの資金調達って命がけなんですねえ。

おしまいに

  • Artosyn(酷芯微電子)が2026年1月にHKEXへIPO目論見書を提出。ARグラス向けを含むビジュアル処理AI SoCメーカー。復旦大学の同窓3名が設立、評価額33.4億元
  • AR9481 / ARS45(SiP版)が現行のスマートウェアラブル向け主力製品。「某スマートウェアラブル企業」にSoCを提供
  • 次世代AR95シリーズは2027年予定。近接メモリ計算・インメモリ計算で大幅な省電力化
  • XREALが2026年4月にHKEXへIPO目論見書を提出。NVIDIA・Magic Leap出身の徐馳博士が設立
  • XREALは「leading global design house」と協業してX1エッジコプロセッサを開発。SiP技術を使用と明記
  • One Seriesは2025年に111,355台を販売。売上5.16億元、粗利率35.2%まで改善
  • 次世代Project AuraにはX1Sチップを搭載し、Google Gemini・Android XRで2026年発売予定

半導体メーカーのIPO目論見書と、そのチップを使っている(かもしれない)メーカーのIPO目論見書が同じ年に香港で出てくるというのは、なかなか珍しい光景です。

しかも片方は「某スマートウェアラブル企業」と書き、もう片方は「leading global design house」と書く。互いに相手の名前を出さずに、相手の存在を証明し合っている。目論見書というのは投資家向けの公式文書ですから、書いてあることは事実です。名前だけが伏せられている。

答え合わせは上場後の年次報告書で明らかになるでしょう。それまでは偶然の一致ということにしておきましょう[独自研究?]

Artosyn IPO目論見書(繁体字中国語): https://www1.hkexnews.hk/app/sehk/2026/108153/a129914/sehk26012801326_c.pdf

XREAL IPO目論見書(英語): https://www1.hkexnews.hk/app/sehk/2026/108395/documents/sehk26040104415.pdf

もしかしたらAR95が搭載された電気メガネが2027年頃に出荷されるかもしれませんね。

Artosynの製品名はARがつくからARグラスってか。ガハハハハ(ここがオチ)

現場からは以上です。

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